9Sep

起業物語、度胸と場数がもたらす結果
何度も目が覚め、 深く眠れなかったが、 時計の針は正確に 時を刻み込んでいた。 出社し、浮き足立ったまま 午前中を過ごし、 昼のランチの時に、 E部長に軽く話しかけてみた。 上司であるE部長も努力で 出世してきた人であり、 上司と部下関係になったのは 会社を辞める数年間である。 私が入社した時(平成四年)は 別部署に所属していたが、 意気投合し度々飲みに連れて いって貰ったり、独身の時は 自宅に招待され、ご飯を ご馳走になったりもした。 いわば兄貴的な存在の人だった。 外資系医療メーカーである 前企業は、当然のように 英語が必須であり、Eさんは 早くから身銭をきって 英会話教室に通い、通勤の時は 当然、英語のみのテープを 聞いていた。 この会社に残りたいなら 英語を身に付けなければ ダメだぞ!と よく言われていたが、当時、 興味のないことに首をつっこまない 私はありがたい言葉を流していた。 そんなEさんが認められたのも、 海外出張の時、英会話学校に 通っても英語を話せない 同僚を尻目にどんどん ジェスチャーを交え、 話し込んでいくEさんを 目の当たりにしたお偉い人 (当時のEさんの上司) が、のちにEさんが部長職に つくことを推薦したという。 その後、EさんはE部長となり、 私に月曜日アメリカいけるか? と金曜夜に聞いてきたことがあり、 私は無価にも断っていた。 Eさんは自分と同じように チャンスを与えたかったのだろう。 全く英語を勉強していなかった 私にはチャンスは掴み取れ なかったかも知れない。 それは「努力」を怠っていた 私には当然のことである。 同行した同僚の話によると E部長はシカゴで重要な ミーティングを仕切って 行っていたと言う。 度胸と場数がもたらした 当たり前の結果である。 そんなE部長に 「ちょっと話があるのですが」 と話しかけてみた。 前を読む 次を読む
スポンサードリンク